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エッセイ
ああ言えばこう言え!
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ああ言えばこう言え!その38

 今回も引き続いて食べ物の話である。  私の友人に無類の馬好きがいる。馬のことなら何でも知っている。ただし馬とくればどこへでも出掛けるというのではない。
彼にとっての馬とは立派に走る馬のことではなく、食べ尽くすための馬のことである。鳥にとって天敵ならまだわかる。しかし馬にとっての天敵が人間というのは恐るべしである。
馬肉のことを「さくら」というのだそうだ。それも実は彼から聞いた。彼の「さくらを食い行くんだ」の連発に、最初に私がイメージしたのは、どこかのスナックかラウンジに「さくらちゃん」という可愛い女の子がいて、閉店後はしっかりその子をお持ち帰りするのだということだった。
しかし実際は違った。「さくらちゃん」は可愛い女の子ではなかった。「さくらちゃん」は馬肉だったのであった。本当かどうかはわからないが、日曜日の真昼間から、「さくらちゃん」で一杯やるのが最高だという。それもテレビの競馬中継を見ながら「今日も美味しいさくらちゃん」とつぶやくというのだから、残酷なこと極まりない。 そのことを追及すると必ず彼はこう切り返してくる。

「でかい水槽のある寿司屋で、泳ぐ魚を見ながら寿司を食うのと、どんな違いがあるというん  もちろん違いはない。けれど寿司を食いながら「今日も美味しい磯野カツオ君」とは言わない。やっぱり「さくらちゃん」の響きはどこか残酷なのだ。
甲山羊二
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