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エッセイ
ああ言えばこう言え!
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ああ言えばこう言え!Ⅱその30

 今回も引き続いて、書籍紹介をしてみる。今回は、ポール・オースターの『ブルックリン・オーリーズ』(新潮文庫)についてである。
 最初に断っておきたいのは、ここに記す事柄は、書評などではない。僕は評論家ではない。僕は小説家であり、大説家ではない。いや、ただの作家であって、ただの文筆家であって、まだまだ修行中の身である。だから、作品の良し悪しは言わない。僕が言いたいのは、自分にはない才能と技術についての羨望についてである。見習いとはこういうことなのである。だから、妬みでも、嫉みでもない。
 ここでほんの少し話を逸らしてみたいと思う。
 ひと昔前のこと、「ブルックリン」という名の、行きつけの喫茶店があった。こじんまりした、本当にいい店だった。珈琲も美味しかった。気風の良い美人ママも人気があった。事情があって、数年で店をたたんでしまったが、その時の記憶はしっかりと残っている。
 さて、気風の良さでは本書も負けない。リズミカルな展開に、読み手はついついその深みへと引きずられていく。訳もこの上なく素晴らしい。柴田元幸氏のセンスが鋭く光る。
 アメリカ文学の魅力は、たとえ内容が悲哀に満ちたものであったとしても、そこに垣間見られる人々の生活の中に、何らかの自由と希望が見出せるという点にある。それは、アメリカというお国柄のせいなのかもしれない。
 流石、オースター。流石、アメリカ。そして、流石、柴田元幸氏。ということで、今回は締め括りたい。そして、「ブルックリン」の思い出に、ちょいと浸ってみようかと思う。


甲山羊二
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