牧場小屋
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エッセイ
ああ言えばこう言え!
目次
ああ言えばこう言え!Ⅱその21
初めて浅草二丁目にある「ぬる燗」へ行った。味はもちろんのこと、店のたたずまい、そして中の雰囲気、さらには店主の心意気、訪れる客の振る舞い、それら全てにおいて申し分なかった。今後の楽しみがまたひとつ増えた。そんな気にさせられた。
僕にも普段行きつけの居酒屋が二軒ある。一軒は割烹風のお店。もう一軒は小料理を思わせるお店。いずれも居心地はとても良い。最初の一軒はご夫婦で切り盛りされているお店だ。釣り好きの寡黙なご主人と読書を愛する女将さん。ここは独特の時間がゆっくり流れる空間だ。次の一軒はカウンターのみの小さなお店。恒例の花火大会の帰りは必ず立ち寄る。去年は鱧刺しをわざわざ準備をしていてくれた。鱧は夏の風物詩のひとつ。美人女将は何とも粋だ。
僕にとって居酒屋とは自分の舌を鍛える場所でもある。舌を通して味覚を楽しむ。食を通して四季を味わう。そして自分の創造性を高める。居酒屋で騒ぐ客がいるが、あれはもっての外だ。そういう客に遭遇すると、僕は決まって黙殺を開始する。
とにもかくにも、「ぬる燗」は良かった。店主の無愛想さもまたこの店の情緒のひとつだろう。いや、それはただの愛想無しではない。創造性を駆使して料理をこしらえる。小手先の愛想が無礼となることがある。さらに折角の情緒に水を差すこともある。
居酒屋。そこでは多くのことを言葉なしで諭される。それはまさに人生そのものなのだ。
甲山羊二
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