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エッセイ
ああ言えばこう言え!
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ああ言えばこう言え!その25

 私は人前で話すことについてあまり得意ではない。もちろん仕事として話はする。
それが聞く側からすると饒舌に映るらしい。とんでもないことである。
もちろん不得意とまではいかない。しかし、それは周到な準備に裏付けられた、努力の結果であり、適度な緊張の効用を知っているからこそである。
 しかし、人間の性格は様ざまである。
過度な緊張により失敗したことがトラウマとなり、それが更なる緊張を生むという、言わば悪循環にはまってしまった人間を私は知っている。
ただひたすら循環している間はまだいい。それが人生を大きく変えてしまうとなった時、「悪循環でございました、アハハ」では全くもって済まされない。
 私の知人が結婚の許しを請うために、彼女の実家を訪れた。
「お父様、僕にお嬢さんをください」過度な緊張を常とする彼は、たったこれだけの台詞を幾度となく練習し、いよいよ本番を迎えた。
 「お父様、僕にお嬢さんをください」
これは正しい。全く正しい。そしてこの台詞のはずだった。ところがである。
 「お父様を僕にお嬢さんとしてください」
これは正しくない。全く正しくない。こんな台詞ではなかったはずである。
このままでは、『お父様=お嬢様』となり、場合によっては、お嬢様を頂いたことにより、お父様まで洩れなく頂けるという、大変厄介な事態となる。
ちなみに、彼女には母親はなく、最悪の一石二鳥状態が目前となってしまう。
 その後、彼はめでたく彼女とゴールイン、同時にお父様ともゴールインしてしまった。
言わば小型版の『マスオ』さんである。私がその話を持ち出すたびに、彼は「アハハ、こうなりゃボランティアさ」と饒舌に言いそして笑う。
私はそこに真に鍛錬された結果を見てしまうのである。
甲山羊二
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