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エッセイ
ああ言えばこう言え!
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ああ言えばこう言え!その21

 春はリフレッシュという言葉がぴったりの季節である。
しかし私にとっては相当なジェラシーを感じる季節でもある。
 リフレッシュなどという単語が巷で聞かれるようになると、それに乗り遅れてたまるかなどとつい向きになってしまう。
そして柄にもなく、スーツでも新調するかなどという気持ちになってしまう。
スーツを新調するといっても、オーターメイドなど私にとっては神の領域である。
とりあえず、体に見合うスーツを物色する目的で、洋服の量販店へと向かうのである。
 ウインドに並ぶリフレッシュという名にぴったりのスーツ、それらを見るだけで、こちらも既にリフレッシュされたかのようにワクワクしてくる。
広い店内に一歩立ち寄ると、待ってましたとばかり店員が笑顔で近付いてくる。
「いらっしゃいませ。スーツをお探しでしょうか」当然である。若くて可愛い女の子を物色しに来たのではない。
あくまでも私の目的は春らしいスーツなのである。
「おじさん、僕を買ってよ」と店内にあるリフレッシュスーツたちが私に向かって囁いてくる。
「よしよし」と心の中で相槌を打ちながら、物色を試みようとした瞬間、笑顔の店員は私を店の奥の隅の方へと案内しようとする。
そこはなるだけ避けたい。
なぜなら、私のサイズにピッタリの地味なスーツが並ぶ人里離れたコーナーだからである。
だめだ。このままではいけない。
そう思いながら、気がつけば、「ほぅ、やっぱりここに来たじゃないか」と地味色スーツが一斉に歌い出すのである。
 悪いことは続く。
ウエストを測られた私は、限られた中から試着をする。
カーテンの向こうに店員の息遣いが聞こえる。
そしてこう言う。「お客様、サイズはいかがですか」ここまではよい。
「お客様、お苦しくはございませんか」なるほど確かに苦しい。流石である。
いや誉めている場合ではない。しかし結局はその苦しさに耐え切れず、「ええ、我慢なりませぬ」などと思わず返事をしてしまう自分が情けなくてそしてやるせないのである。
 シーズン中、リフレッシュという言葉にジェラシーを感じるのは私だけだろうか。
とにもかくにも春はそのジェラシーというものを嫌というほど満喫できてしまう季節なのである。

甲山羊二
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