これが発信される頃…
僕は異国の地であらゆる見聞の真っ只中の予定
この原稿は出発前に予め書いておいたものと前置きをして
さらに戦後生まれの僕が終戦という言葉を用いることの後ろめたさを押し殺した上で…
独立した国でありながら自立を許されないもどかしさと…
歪められた自虐的な歴史観から未だ脱却できないどころか…
それを良しとしなければならない慣習のなかで生きなければならないやるせなさを思い
…
僕は英霊に頭を垂れるだろう
戦争は憎むべき敵だと思う…
けれども僕たちは何かに操られてはいないだろうかと問うてみたくなる…
あのアメリカの同時多発テロの際に僕は映像を見て恐れ震え打ちのめされた
同時になせが広島と長崎の原爆投下時の映像が重複して僕の目に写っていた
徐々に恐れは震えは消えた…
あってはならないと思いつつ…
日本を訪問したアメリカ大統領の誰が広島と長崎に足を運んだのだろうか…
誰が両手に花を携えてやって来たのだろうか…
おこがましいと感じながらも
終戦記念日という名称にどこか違和感を感じる
いつまで日本人は屈辱を押し殺し自虐的に生きるのだろう |