MyBlog Ver1.40



甲山羊二オフィシャルブログ
Writing by 甲山羊二
 オフィシャルページにある奥の部屋で、コラムでもなく、エッセイでもなく、もちろん小説でもない、ただのつぶやきをほんの少しだけ形にしようとする。
 僕がつぶやくことで僕自身が導かれ癒され納得する。
 それもいい。
 さすが典型的B型人間甲山羊二だ。
 だからいい。やはりいい。


■公式ホームページ


ミルの楽しさ
僕はcoffeeを1日に5杯は飲む

行きつけのお店で飲めない時は、そこで焙煎したpackを使って飲む

休日は豆をミルでガリガリやる

ガリガリの分量は大体1週間分

時間にすると約1時間くらい…

ひたすらガリガリやり続ける…

実はこのガリガリは健康のバロメーターでもある

ガリガリが億劫だと思うときは、およそ体調が良くない場合が多い

ちなみに子どもたちを叱った後などは逆にガリガリは快調である…

ガリガリが終わるとよく冷えたビールをいただく

ミルは僕の健康で文化的な生活を支える優れものなのである
2012-04-16 11:30:02[145]


教壇からのmessage
繰り返すが4月は何かと慌ただしい…

それは書き手の立場としてというよりもむしろ教壇に立つ者の立場としてといった方が適切だろうと思う…

毎年同じように偉そうな顔をして講釈を垂れてはいるものの、実はこの時期心の中はひどく緊張している

たとえ環境は同じでもほとんどの場合は毎年相手が随分と異なる…

だからといって年度の頭に話すmessageが同じだとやはり脳がない
必須ならまだしも選択となれば学生はある意味ではお客様でもある…

これがまたとても厄介なのである

そこで今年度のmessageは次のようにしてみた

人間にとって表現とは生活そのものです。書くこと話すこと以外にも表現の仕方は数多く存在します。さらに表現には必ず創造を要します。創造とは知恵です。知識を知恵のうちに育まれていきます。さらに知恵はそれを活かさなければ滅びます。そして付け加えるならば、知恵はやはり受け継がれていくものです。残念ながら良い知恵も悪い知恵もです。そのために私たちは明確な視点を持たなければなりません。良いものと悪いものとを見抜く視点です。どうか、表現することを通して、本当に良いものを見抜く力を身に付けてください。偽物ではダメです。偽物ばかりに接していると、いつの間にか心の奥底まで偽物へと変化します。自分を本物のブランドへと変えるために前進していきましょう。

嗚呼、何という講釈だろうか。
お恥ずかしい限りでございます。
2012-04-11 09:41:56[144]


僕流の花見
昨年の自粛騒動から一転して…

今年は花見が大盛況のようだ

桜は美しいけれどもはかない

咲き誇る優美さを生とたとえるなら、散っていくさまは死である…

そういえば若い頃は花見と称して度々ドンチャン騒ぎを繰り返した

今となっては良い思い出だが…

ただし最近はそうはいかない

静かにほんとに静かに花見をやる

しかも自宅の庭で静かにやるのだ

家族とそしてちょっとした友人と…

間をもて余すかどうかのギリギリのところで誰かが何かを話し出す

そのうち居眠りをする者まで現れる

ここ最近の僕流の花見は極めてのんびりゆっくりダラダラとしていて、何かしら心地よさを感じるのだ
2012-04-09 12:41:53[143]


飲むこと食べること
あなたの健康のバロメーターとは?

これは間違いなく飲むこと食べること
それ以外に他には全く考えられない…

例えばちょとしたつまみでお酒を戴く
これなどは僕にとっては極上の至福の時であるのだが…

これを拒絶せざるを得ないような時が年に数回は訪れることがある

極度の疲労または風邪による発熱など

飲むこと食べることは健康に裏打ちされた行為である
特にここ最近は心底そのように思う…

さらにただただしゃにむに飲み食いすればいいというものではない

季節を感じさせる食べ物をちょっとした工夫をこらしていただく…
お酒も良いものをじっくりいただく…

菓子パンやおにぎりをなど食べながら歩くなどもっての他である…

注)そういえば随分前にカップヌードルを食べながら歩く若者に出会ったことがある(*_*)

飲むこと食べることはできるだけ贅沢でいたいと思う
それはそこに目一杯お金をかけるということではない

味わう時間をも大切にしたい
そういう意味の贅沢である
2012-04-05 16:49:34[142]


バージョンアップ
牧場小屋ブログがバージョンアップ

とはいっても見る側にとって大きな変化などないように思えるかも…

それでもその変化ははっきりしている…

何よりしっかり改行ができているのです

書き手は書くときのバランスを気にする

見えない変化としては…

投稿systemが変わった

僕は携帯とスマホを併用しているので、そのどちらからでも投稿が可能になった

これはとても大きいこと

ということで今日はこれまで

追記
facebookのお友達が増えた
2012-04-03 13:08:02[141]


ほうれん草
「この親にしてこの子あり&この子にしてりこの親あり…」

親を見れば子がわかるし子を見れば親がわかる…

挨拶ひとつできない親はやはりその子もできない

ほうれん草という言葉がある

実は野菜に由来するよく知られた喩えである…

報告 連絡 相談

相談するが報告がない

或いはその連絡もない

ここ最近そういう生徒や学生をよく見掛ける

本人に悪気はなくても周囲は呆れるばかりである

そんな時僕は思う

育ちが悪いのだ

ほうれん草は社会生活のビタミンである

ビタミンが足りないのだと 
2012-03-26 12:14:35[140]


政治と経済
作家は書くことが仕事である…

だから政治や経済についてコメントを求められても安易に喋るべきではない

喋るよりも書く…

とは言いつつも…

教壇の上から講釈を垂れることもしばしばだ…

この矛盾は如何

これは簡単明瞭

特定の政治家を後押しするような活動はしない

特定の企業を宣伝するようなこともしない…

つまり政治家や企業のスポンサーにはならない

これが僕流のスタンスである

金や意味不明な人の縁など一切気にかけない…

作家はあらゆる意味おいて奔放過ぎるくらいに自由でなければならないと僕は思っている

不自由などまっぴら御免だ…
2012-03-19 14:59:58[139]


予感的中
僕は占いを全く信じていない

かつて酔っぱらって何度か友人と嘘偽りのの占いを占い師にしてもらったことがある…

「売れない落語家なんです」

「曲に恵まれない歌手です」

などなど夥しい嘘偽りの数々

誰ひとりとして本当の僕を見抜いた占い師はいなかった…


ところで僕は自分のなかの予感については信用している…

つまり予感的中に関して高い確率を維持し続けているのだ

霊的という言葉はあまり使いたくないけれど…

簡単にいえば自分の気持ちが萎える相手には近づかないしそういう場所にも向かわない

悪い予感がする相手は工夫して遠ざけてしまう

場所については地図も見ない

結果をみてなるほどと思う…

予感は僕にとって十分なセキュリティなのだ
2012-03-15 10:00:13[138]


ほっとレモン
ウィルス性胃腸炎でダウンしたのが先月初旬…

あの凄まじさについては思い出すのも辛いが…

以来確かに食生活は変わった

というよりも生もの後遺症は未だに続いている

飲み物も変化した

以前はしこたま麦酒を飲んでワインから焼酎へと豪華リレーで最後はまた麦酒で締め括っていたのだが…

麦酒は大瓶一本

ワインはグラスに三杯

豪華リレーは封印

普段のコーヒーも抑え

暖かいお茶とほっとレモンへ


このほっとレモンは体に良い

事務所のスタッフが可愛いと随分褒めてくれる

心にも相当良い

今やこれは僕には欠かせない
2012-03-12 11:45:20[137]


活字中毒
僕には必ず年に数回は訪れる禁断症状がある…

名付けて活字中毒

書き手は時に読み手にもなる

当たり前のことだが読むことも十分に仕事のうちであるという意味である…

…割り切って読む

いや無理をして…

つまり読みたいものを存分に読むという衝動を何とか抑えながら嫌々読むこともある…

早く言えばそういうことだ…

その反動が活字中毒という禁断症状なのである

読みたいものを自由に読む…

読みたくないものは読まない

読みたくないものはやはり読みたくないのだ…

本屋で数万は遣う

店員と仲良くなる

もちろん可愛い店員とである

馬鹿でブスな店員は御免だ…

こうして僕は禁断症状からすっかり解放されるのである…
2012-03-11 19:00:38[136]