向田邦子の小説には父の存在が色濃く反映されている
そこにあるのはかつての極めて封建的な父の姿である
執拗な小言…突然の拳骨…仕事一辺倒…
彼女の小説にこんなひとこまがある
『娘は父のことが嫌いだった
ところが祖母の通夜の席に父が勤務する会社の社長が突然訪れた
父は社長に何度も繰り返しお辞儀をした
それは理不尽ともとれる父のお辞儀だった
平伏する父の姿に娘の気持ちは大きく揺れた
父はこうして私たちの知らないところで戦ってきたのだと思った
小言も拳骨も全て許す気持ちになっていた』
たしかに社会は理不尽だと思う
今までも今もこれからも、その理不尽さに傷つき続けるのだろう
おびただしい理不尽さに抵抗して、力でそれを覆したいという欲求に満たされることもなくはない
話は横道に逸れてしまうけれども…
阪神大震災の折りにフランクフルトを一本1000円で売り付けられた記憶がある
ビールとsetで1800円払った
食べたいとか呑みたいとかという気持ちからではない
理不尽な状況のなかで、事も無げにしかも堂々と理不尽なことをやってのける人間の姿というものを、しっかり焼き付けておきたいと思ったからだ
自分で自分の価値を貶める人間
社会にはそういう人間もいる
理不尽であろうと何であろうと、守るべきものを守るために、平伏しなければならないこともある
小説にある父の姿にはそれがうかがえる
だけど心はしっかり戦っている
理不尽さには心を強くするエキスがたくさんつまっているのかもしれない |