MyBlog Ver1.40



甲山羊二オフィシャルブログ
Writing by 甲山羊二
 オフィシャルページにある奥の部屋で、コラムでもなく、エッセイでもなく、もちろん小説でもない、ただのつぶやきをほんの少しだけ形にしようとする。
 僕がつぶやくことで僕自身が導かれ癒され納得する。
 それもいい。
 さすが典型的B型人間甲山羊二だ。
 だからいい。やはりいい。


■公式ホームページ


大切なこと
政治については語らない
職業柄僕ははっきりそう決めているのだが…

それでも今回の選挙ばかりは少々気になる
いや気になるというよりもむしろなにが何だかわからない

どの政党もあるいは候補者も僕には皆同じに見えてしまう

それは僕の見方が悪いのか
理由も全く判然としない…

そんなことをああだこうだと考えるのも面倒な気がする…

要するに僕にとって難解なことなのである

難解なことはあえて考えない

実は僕にとって大切なこととは
今夜はインド料理にするのか、トルコ料理にするのか、その選択の方なのかもしれない
2012-12-08 09:14:15[195]


優雅なる12月
はや今年も12月である
この時期の風物といえばやはり忘年会だろう
特に週末ともなれば撃沈した人たちの姿に遭遇すること多々である…翌日の頭痛と吐き気は相当なものに違いない

さて僕はといえば忘年会は必ず欠席する
同僚や同業者との会は余程でない限り出席することはない
だから僕が何かの会に参加するということは極めて異例なことなのである

参加しない理由
他人の悪口をあからさまに喋る→自分がどれだけのものやねん
過去の栄光をひたすら自慢する→いちいち感心するふりは限界
女房や子どもへの恨み節を語る→結局は相手にされてないのだ
いつ死んでもいい!を連呼する→ならば今日にでも逝きなさい
など…
こういう連中とは楽しめないからである

とにかくお酒も食事も優雅にいただきたいものである

優雅なる12月
師走だけど僕は走らない
2012-12-03 13:34:42[194]


優雅なるトマトケチャップ
「日曜作家」に掲載される短編オムニバス
先日この第1話がようやく完成した…

日曜作家同人会
正式名称はこうである

僕が参加することになった経緯
これは実に複雑である

それを至極簡明にいえば…
たぶん人の縁とはこういうものだろう
そうとしかいいようがない

とにかく全てにおいて見事なまでにタイミングが揃いすぎていた…

連載は難しい
しかしそれでもやってみたい
そう思わせてくれたのも人の縁だ

小説と音楽のコラボ

第1話はスイートメモリーが登場する
2012-11-29 14:29:24[193]


本の買い方
本は本来借りるに限る
しかしどうしても手元に置きたいものは買う

ではその基準とは…

その時のベストセラーは買わない
特に小説は買わない
新書もなるべく買わない
直感的に二度読みしそうなものは新古本を探す

単行本は古本を物色する
それも執拗に探し回る…
見つけたら自分を誉める

とかなんとかいってもやはり本はどんどん貯まる

結局はなんだかんだ言って買ってしまうのである

そういうものなのである
2012-11-26 15:17:45[192]


僕の持ち物その2
出掛けるときは忘れずに
忘れたならば取りに帰れ
携帯電話はもはや必要不可欠である

前回に引き続いて、僕の持ち物を紹介しよう

ヘッドホンステレオ

これはもう決して手放せない

音楽好きの僕だから
というのは表向きの理由である

実はこれである鬱陶しさから十分に解放されている…
特に朝の通勤にその力を発揮するからなかなかである

むやみに話しかける近所の老人や、偶然駅で会ったりする知り合い
「今日はお天気ですね」
「随分寒くなりました」
分かりきっている当然のことを事も無げに話し出すから相当困る…
ものは考えて言うべきではないのか

そういうことで相手を直視せずに済むヘッドホンステレオはかなり効果があるのだ
2012-11-22 14:23:03[191]


僕の持ち物その1
出掛けるときは忘れずに…
忘れるときは出掛けずに…

出掛けるとき忘れてはならない必須用具のひとつが携帯電話である

僕は必ず携帯を3台持ってでかける

1台は仕事&プライベート用
もう1台はカメラつきで盗撮用ではなく完全プライベート用である
そういうとさらに誤解を生みそうだが、番号やアドレスは家族以外に誰も知る人はいない
これはカメラの使用が専らであって、もちろん犯罪には使用しない
もう1台はキーボードつきのスマートフォンである
外出先での原稿などはこれを用いる

取り急ぎこれらは手放せないものだ

とにかく仕事の段取りが見事に狂う

出掛けるときは手放せないのだ
2012-11-19 11:38:56[190]


作家になってはいけない人
どうやったら作家になれるのか

時々こういった質問をされることがある

答えは簡単明瞭である
書けば誰でも作家になれます

僕がそう答える理由は
まずどうやったらという質問の前に、本気で目指す人は既に書いているということだ
そしてそういう質問の前に、本気で目指す人は書いたものを既に誰かに送るなどして、評価を伺うなどしつつも、強かに営業を兼ねているということだ

どうやったらなれるか

厳しい言い方になるかもしれないが…
どの仕事に関しても
もはやその質問を発する時点で不向きである可能性が高い

まずはやること
作家ならばまずは書くこと

そう答える
2012-11-12 12:45:57[189]


イメージについて
甲山羊二という名前から受けるイメージ
・亀の甲羅のように堅い人
・気難しく近寄りがたい人
・全身白い毛で被われた人
・いつもただ眠っている人
等など

イメージとはこれほどまでに恐ろしい…
だいたいが全身が白い毛だらけなど、それはもはや人間ではない…
冗談にも程というものがあるはずだ

ある人などはこんなことも言っていた
「羽織袴で扇子を持って演歌か何かを口ずさみつつ町中を闊歩する」
ここまでくると僕は変人を遥かに越えた存在になる

なぜ甲山なのか
なぜ羊二なのか

これは次回に譲るとしよう
2012-11-08 15:30:37[188]


品格のない批評
作家稼業などを長くやっていると、時々全くもってだらしのない批評というやつに出会うことがある…

それも同じ稼業の人間がよこすものだから実になかなか興味深い…

どんな批評もする側は勝手である
電話であろうと、手紙であろうと、とにかく批評は勝手になされる

「僕がいうだらしのない批評とは、自分で自分の価値を貶めるタイプのものである」

読み手には作品の好き嫌いがある
だから僕の作品についてもファンもいればアンチもいる

極めて厄介なのは同業者が自分の価値を押し付けてくる時である…

限りなく透明に近いアホとしか言いようがない

そういうタイプに限って、何も反論されないことに、一抹の不安を覚えるらしい

必ず弁明の機会をこしらえてくるのだ

ところでそういう輩はだいたいどこにでもいらしゃる
僕は並行して先生業というものもしているが、ここにも砂利のごとくおいでになられる
こういう先生に教わる生徒は哀れである
そこには創造性の欠片もない

僕は他人の作品をむやみに批評などしない
どの作品にも味がある
そして書き手の思いがある…

味もなければ、思いもない…
価値のない批評を繰り返す人間の作品にはこれらが充満している…
もはや批評以前の問題である
2012-11-05 11:07:21[187]


優雅なるトマトケチャップ
「いったいトマトケチャップのどこがどんな風に優雅なんだろうか」

それではオムライスを想像したまえ

その頂上にゆったりと微笑みながら、さあお食べなさいと囁きかける、あのトマトケチャップの色を思い浮かべるのだ

あの色は赤色でも朱色でもなくて…
あれこそがトマトケチャップ色というものなのだ…

さてさて前置きはここまでにしよう

さて実を言うと…
来年1月に創刊される文芸誌「日曜作家」に連載予定のオムニバス小説の題名こそが、「優雅なるトマトケチャップ」の真の正体である…

ここには僕の大好きな音楽が登場する…
しかも少し意外なかたちでの登場となる

「日曜作家」に参加執筆することになった経緯については次回以降に


僕にとって生活する上でも書く上でも音楽は欠かすことはできない

それに今だから言える話として…
「音楽の世界で生きよう」と真剣に思った時もあった(因に10代…)

それからすぐにJAZZに出会った
京都の烏丸御池あたりの爆音Bar

オーネット・コールマン
ハービー・ハンコックなどなど

失恋する度に爆音に身を委ねた

40代後半になって少しは色んな意味で余裕も出来て、失恋の痛みもすっかり忘れて、でも時々懐かしく思い出す…

そんな中で構想を始めたのが今回の「優雅なるトマトケチャップ」だ

オムライスが人生だと考えるとトマトケチャップは若き日の淡い恋

いやオムライスが胸キュンでトマトケチャップは癒しのJAZZかも


淡い恋と胸キュン

あの頃は若かった

いまもそのつもりだけれど
2012-11-01 14:43:20[186]