最近は体調面の不安から外に飲みに出歩くことを控えている
とはいっても行きつけの割烹には定期的に顔を出すし、寿司も決めた店以外立ち寄ることはない
何でもかんでも口に入れてのどに流し込む
そういうものの食べ方や飲み方は僕の流儀ではない
いいものを食べそして飲む
これが僕の流儀だ
ではいいものとはどういうものか
僕が定義するいいものとは季節の旬のもののことをいう
旬のものを扱える技
そしてその技による逸品
僕はそこに惚れ込んでお店に通う
人間とのつきあいも同じことだと思う
金やものに平気でなびく人間は避ける
あるいはそうした武器をちらつかせる人間も避ける
僕の経験上のこと
簡単に土下座するような人間は簡単に人を切ることをもきちんと心得ている
これは大切な教訓だ
キルケゴールはこう言った
何でもかんでも仕事に変化させて、全生涯を仕事にしてしまう異常な天賦をそなえた人間が存在し、彼らは事務所で働くときと同じ仕事熱をもって恋愛し、結婚し、機知に耳を傾け、芸術に感嘆するのである
さすがキルケゴールだと思う
そして僕はこういう人間にはなりたくないし、つきあいたくもない
僕にとって教える仕事も書く仕事も決して偉い内容のもではない
そしていつも同じことで悩み苦しんでいる
そしてそれはあくまでも仕事のこと他ならない
何より僕は僕という人間であることに誇りをもっている
だから音楽を聴き絵画を鑑賞し、僕は僕と向き合いたいのだ
その誇りとはどの程度のものなんだい
その声に耳を傾ける
旬のものを味わう時
それは自分へのご褒美と期待が込められている
犬のようにしゃにむに仕事をし、まるで紳士のように静かに遊ぶ
そういうのがいい |