単なる知人や元友人の誰某が亡くなったといった訃報が多くなった
特にここ2,3年は急な増加傾向だ
大体がこういう類の知らせは周り回って僕のところにやってくる…
そしてこれも殆どの場合葬儀の後だ…
そもそも僕は単なる知人や元友人の葬儀などに参列することはない
僕にとって葬儀とは亡くなった人の死を悼むものというよりも、遺された遺族の方々の心中を察するためのものという意識の方が強い
もっとはっきり言えば…
遺族との交流を継続するのか否かが参列するかどうか決めるひとつの大きな見極めになる
単なる知人や元知人の場合だけではない…
実は殆どつきあいなど途絶えてしまった親戚でさえこの基準に照らす…
だから僕は血も涙もない冷徹で冷酷な人間だと評され噂されるのだろう
なるほどそれはごもっとなことだと思う…
ではあえてそこでと居直ってみたいと思う
他人の死を悼むという行為は葬儀以外に局面でも十分可能なことだ
いやむしろ周囲の目にされされながら否応なしにやるものではない
墓参りもわざわざ告知する必要などない
また特定の時期に合わせることもない…
それは極めて厳かなもの
そして心静かにやること…
それが人の死を悼むという行為だと僕は思う
時々通夜か葬儀の帰りと思しき集団と料理屋などでばったりと出くわすことがある…
話の内容は概ね参列しなかった者の悪口か早々に退散した者への強烈で辛辣な罵倒だ
場合によっては死者もしくは遺族の誰それに対する陰口へと移行することさえある…
生きている人間の群れなど所詮はこういう程度のものなのだろう
因みに僕は家族にいつもこう話している
僕が死んだら葬儀は要らない
誰にも知らせてはいけない…
普段通りの生活を続けなさい
問い合わせがあったならば…
毅然としてこう答えればいい
「先日真の友人たちとともに無事見送りをすませたところでございます」
それが僕の唯一の願いなのだ |