MyBlog Ver1.40



甲山羊二オフィシャルブログ
Writing by 甲山羊二
 オフィシャルページにある奥の部屋で、コラムでもなく、エッセイでもなく、もちろん小説でもない、ただのつぶやきをほんの少しだけ形にしようとする。
 僕がつぶやくことで僕自身が導かれ癒され納得する。
 それもいい。
 さすが典型的B型人間甲山羊二だ。
 だからいい。やはりいい。


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ベルリンの壁

『壁の向こうの狂気』(恒文社)西尾幹二著

東欧と西欧
東側と西側
東西冷戦を表すこれらの言葉
そしてベルリンの壁はその象徴だった
壁の崩壊による東西雪解け
それによって東側に向かった自由
東側の戸惑い
強い困惑…
さらに失望
自由も結局はあくまでひとつの体制であることを著者は明確に語る
資料としては一級品だと僕は思う

ベルリンの壁
それがどこにどのようにあったか明確に語れる日本人が現在どれだけいるのだろうか
壁は東西ドイツの国境にあった
そんな詭弁と奇弁を発する愚か者も現にいる
それが若者ならまだ許容できる
中年はどうだろう
団塊はどうだろう
老害はどうだろう
無知は悲劇の象徴に他ならない

自由は体制だ
だから喪失することだってあり得る
その必然を私たちは忘却してはならない
自由を守る
体制を護る
自らそうする
他国から守られるのでも護られるのでもない
今日本は丁度その分岐点にある
現状認識の欠如も無知と同様
本書はそう教えてくれた
2017-03-23 16:08:06[405]


分断されるアメリカ

『分断されるアメリカ』(集英社文庫)サミュエル・ハンチントン著〈鈴木主税訳〉

トランプ大統領の放言が話題になっている
というよりその発言を専ら暴言として報道しようとするメディアの姿勢に首を傾げる御方もきっとおられるはず…
メディアも所詮はただのサラリーマン集団
個をもっての報道などできる訳がない…

大統領戦の折
アメリカ在住の知人はトランプが勝利するといってはばからなかった
それもひとりやふたりではない
メキシコ移民の問題もあからさまに語ってくれた
いやメキシコについてだけではない…
アメリカが抱える問題
それはアメリカ人の言語と宗教の問題であり同時にヒスパニックに係わる教育と経済に波及する問題でもある
だからトランプの勝利は当然だった
ただ日本のメディアの予測は違った
そして今もなおその総括に着手すらしようとしない

日本人は移民も難民も制度と切り離したところでしか理解できない
自己主張の下手な日本人は移民と難民を自分たちと同じメンタリティーを持つものとして捉えようとする
結局アメリカの問題は他国の問題
トランプ大統領イコール暴言宰相
理解不能な案件はこうして片付けられてしまう

本書はアメリカのナショナル・アイデンティティを明確に位置付ける
そうしてサブナショナル・アイデンティティについて掘り下げていく
宗教によるアイデンティティの形成
言語によるアイデンティティの保持
これらをリンクさせて現代アメリカを見事に語っていく
ある意味ではエキサイティングでスリリングな一面も持つ
これも日本のメディアにはない

広告によって生かされている日本のメディア
専門家でもないタレントを並べて議論の風体だけを形作る
そこから学べることは皆無
日本には個は存在しない
あるのは集団とそれを支える共感性のみ
少なくとも欧米的個は今までもそして今もさらにこれからも存在などしない

個に徹し孤に徹する
この考えは僕の基本だ
先ずは自分の頭で考える
次に現地とコンタクトする
そしてまた頭で整理する
本書はその手助けにもなりうる
2017-03-13 22:08:10[404]


心中侮蔑

キレやすい老人が増えたそうな
そういえば先日も電車内でそれに近い人間を目撃した
自分で自分の命を始末することさえもできない
世の中の役に立つどころかお荷物と化している
それでも医療の発達と善良な血税により生かされ続けている
結局敬老に値する老人はごくわずか
相当に希少価値がある

僕は老人に限らず面前で他人を侮ることなどはしない
安易な笑顔も見せないが怒りを露わにすることもない
心中侮蔑
心はいつも自由だ
自由な心で気の向くまま侮蔑する

例えば自転車通行が禁止されている大阪東部の商店街
そこを疾走する輩はゴミ同然の馬鹿
禁止を示す看板の文字が読めない文盲に違いない
これは別の意味で希少価値ありだ
そこでも僕の心中侮蔑が静かに始まる
とにもかくにも統計的には僕が居住する地域民へのそれが数値としてダントツを誇る
さぞかし名誉なことだろう
飛び上がって大喜びすればよろしい
民度の低い連中にはそれすらの脳力と能力もないだろうが…

とにもかくにも…
僕はトランプ大統領のように放言はしない
いや全くしないわけでもない
言うべきことは言う
伝えるべきことは伝える
但し相手の能力にもよる
F ランクやボーダーフリー等のレベルの低い人間に何を言っても始まらない
言うだけムダ
全くムダ
ムダとムラとムリは避ける
屁の突っ張りにもなりはしない

僕が本気でキレる時
それは自分と自分の家族の生命に係わる時だ
かつて自転車で僕に正面からぶち当たった糞も大阪東部の人間だった
当然僕はぶちギレた
そのかいあって彼は後に太平洋の海に沈んだ

いずれにしても心中侮蔑は心地良い
健康で文化的な生活のためにはこれが一番なのだ
2017-03-06 11:14:09[403]


毒になる親

『毒になる親』(講談社+α文庫)スーザン・フォワード著〈玉置悟訳〉を読了した
著者はアメリカ人セラピストでありインストラクターでもある人物だ

毒になる親
インパクトのあるそのタイトル
タイトルだけではない
本書にはショッキングな事例が数多く挙げられている
理不尽な親ではない
あくまでも毒になる親だ

親と子
溺愛する親もいれば干渉し過ぎる親もいる
過剰な躾を良しとする親もいればその逆をいく親もいる
そもそも親は理不尽なことをやる
僕もそういった理不尽さに傷ついた経験を持つ
僕だけではない
ほとんどの人間は理不尽な親に傷つき、同時にその存在を何とか受容した経験を持つのだと思う
子どもにとって逃避不可能な親という存在
自分自身をコントロールするという意味の貴重な訓練は理不尽な親を親として認識することから始まる
さらに理不尽さは継承される
子どもがその後に親となっても同じこと
だから虐待がいかに犯罪性を帯びていて危険なのかもわかる

毒になる親
親になる前に先ずは大人にならなければならない
毒になる大人
いや違う
大人に成りきれない子ども
そうした子どもが子どもを産み育てようとする
この蔓延が家族のみならず社会全体を壊していく
本書はそこに警鐘をならしている
2017-02-27 12:37:17[402]


あたりまえへの共感

こんな内容の車内アナウンスをご存じだろうか

「私達はお困りの客に積極的に声掛けをしている
よって皆もそういう客を見掛けたら同じようにやってもらいたい」

このアナウンスを聞く度に僕は気持ちが悪くなる

困った客に手を差し伸べる社員
それに対しては給与が支払われる
ただ最近は乗客のクレームにパニクって駅高架下へ飛び降りる程度の低い社員も現れる有様
客が困る前に鉄道会社の社員の中に全くもっての真の困ったチャンがいるのも確かだ

駅で困った客は先ずは駅員を頼りにすればいい
客が他の客に対して困っているかどうかを見極める
そんなことまで鉄道会社に委ねられる筋合いはない…

「とにかく声掛けをしましょう
私たちは仕事としてやります
皆さんには報酬はありません
ただあたりまえを分かち合えばいいんです」

何をか況んや
客にボランティアを推進する鉄道会社のメンタリティーに世間体や建て前という言葉が見え隠れして実に気持ちが悪い

他の客に尋ねられれば例外を除き僕はあたりまえに応える
それはこれから先も変わらない
にもかかわらずそうしたあたりまえに対してまであえて共感を求めようとする…

共感さえしておけばいい
建て前さえ整えればいい
そして口先だけは見事に発達する
口先の共感はいらない
共感しなくてもあたりまえにやる
わざわざ鉄道会社に言われる筋合いはない
2017-02-20 08:22:15[401]


連載小説
短編オムニバス「優雅なるトマトケチャップ」の連載が終了した
連載が始まって4年
バージョン?は単行本になった
バージョン?については現在のところ書籍化の予定はない…

始めた当初は全くの手探りだった…
ただ評価は良かった
誌評などにも何度か取り上げられた
書籍化はそうした積み重ねにより実現することとなった
バージョン?は惰性ではなく自然の流れだった

書いていて苦痛はなかった
むしろ居心地の良さを感じていた
実はバージョン?の構想もなくはなかった
けれどもここで終了を決めた…

始めたものは必ず終わりがある
自然の流れに任せることはあってはならない
それが連載のやり方だと僕は思う
惰性でないものが惰性の性質を帯びる前に引いておく
結局は所詮小説
されど小説なのだ

「優雅なるトマトケチャップ」は多くの人に愛された
いつかバージョン?を始めることがあったとしても…
ただしそれはもはや「優雅なるトマトケチャップ」ではない
新たなものが新たな形で始まっていく…
その期待があるから書ける
たかが小説でもいい
ワクワクできるものがある
だからこそ書けるのだ
2017-02-13 08:15:04[400]


李良枝

過去の芥川賞受賞作品の中でベスト3を挙げよと言われれば…
僕は間違いなく次の3作品を挙げる
森敦「月山」
村上龍「限りなく透明に近いブルー」
李良枝「由熙」
中でも「由熙」は僕の中では極めて評価が高い

僕の手元に「李良枝全集」がある
たった一冊の完結型全集
そこには李良枝という作家の才能が全て込められている
読み手を嫉妬させる程の研ぎ澄まされた文体
そして彼女の突然の死
もし…
もし彼女が生きていたら…
あらゆる言葉を洗練の遥か彼方へと押し上げたに違いない

時々無性に「由熙」が読みたくなる
時々無性に李良枝の言葉に触れたくなる
そして全ては彼女が遺していったものだと改めて気づく

遺された言葉は後世によって育まれる
李良枝は言葉とともに生きている
そう思う
2017-02-06 09:44:19[399]


夢野久作

夢野久作といったらやっぱり「ドグラ・マグラ」
「ドグラ・マグラ」といえばなんたって夢野久作
この公式を知らない御方はもはや読書人ではない
夢野久作は甲山羊二超推奨
赤江漠と並ぶ僕の御師匠だ

僕は学生時代に夢野久作を知った
先輩が「ドグラ・マグラ」を読んでお前も是非どうだと勧めてくれた
但し二、三日 は頭の中がぼおっとするという
ぼおっとしていて更にぼおっとしたかった僕は勧められるまま読んだ
ところがなぜかちっとも頭の中はぼおっとなどしなかった
むしろ冴えに冴えてどうしようもなかった…
このあまりの衝撃は今もしっかり覚えている
だから今でもぼおっとしているなど時は必ず「ドグラ・マグラ」を読む
そして覚醒する

昨年「夢野久作全集第1巻」が刊行された
覚醒を夢見て購入しようと思ったらその価格に驚いた
高級てっちりまたはスッポンコースに軽く匹敵する…
僕はここでまた改めて覚醒してしまった

だがしかしだ
夢野久作は僕の大師匠だ
てっちりやスッポンとは訳が違う
よって覚醒してしまったついでに思い切って購入を決めた

ほぼ半年に一度の定期刊行
今後僕もその都度覚醒する
僕だっていつまでもぼおっとなどしてはいられない
ということだろうか
2017-01-22 15:23:09[398]


新・成人式

今年もあちらこちらで新成人が大暴れしたそうな
所詮成人式などという儀式は大人たちの世間体の取り繕いに過ぎない
静粛という名の意味不明な「共感の缶詰め」に新成人を放り込んで楽しむのは時代遅れも甚だしい

だがしかし大暴れという愚行もまたあってはならないこと
育ちの悪さからくる有り余る馬鹿者パワー
その愚か者たちのために僕は僕流の成人式をあえて提案したいと思う

まず式は屋外でやる
そして幾つものアトラクションを設定する
もちろん参加者は新成人だ
暴力的な新成人は希望により金網の中で猛獣と対決してもらおう
人間対猛獣
ラッシャー木村もびっくりのデスマッチだ
希望者だけなら面白くない
ここは成人に至るまでの数々の悪事を予め調査して強制参加もまたいい
相手はライオンや虎や毒蛇
悪事のランクにより闘う相手は異なる
場合によっては人間対人間も楽しい
もちろん不参加や逃避は絶対に許されない
即実刑判決
執行猶予はない

ここでは賭事も許される
ワイドもまたいい
イカサマだっていい
ただし甚だしいズルに対しては体でそのツケを払わせる
さらに払戻金にはたっぷりの課税が待っている

他には男と女が口説き合うアトラクション
ただ泥酔するのみのアトラクション
いじめっ子をいじめられっ子が復讐できるアトラクション
ぼったくりバー
ストリップ小屋
そうだ
両親や恩師への罵詈雑言アトラクションもいい

とにかく考えつくものは全てやる
そして全ては参加者の自己責任とする
人生の酸いも甘いも式内でたっぷり教え込む
テーマは「淘汰と再生」
これがいい

とにもかくにも現状の成人式はつまらない
大人はそれをよく知っている
知っているのに変えない
でも時代は変わっている
思い切って成人式を変えてみよう
もちろん僕は責任はとらない
2017-01-14 19:29:24[397]


能力と脳力
新しい年になった…
だと言え以前賢者は賢者であり馬鹿は馬鹿のままに違いない
馬鹿から賢者への華麗なる転身はそう簡単ではない

能力と脳力は比例するのかしないのか…
僕は比例すると思う
結局は脳が能を創成する
脳の皮質や内容に問題があれば能にも響く

日本人は何でもかんでも心のせいにする
しかし心は所詮脳力のことだ
そして脳力はやはり能力ということになる

もちろん脳力と能力が健全にリンクすれば言うことはない
不健全な場合はそれが詐欺や窃盗や傷害や殺人などへ顕在化する

こんなことを書くと甲山は何時も上から目線だと非難される
でも僕は逆に居直ってこう言いたい
「あなたはなぜそんなに下から目線なのか」
自己卑下は美徳ばかりではない
2017-01-11 13:15:41[396]