牧場小屋
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エッセイ
ああ言えばこう言え!
目次

 ああ言えばこう言え!その5

 最近はめっきりとレンタルビデオ店が少なくなったように思う。
現在はビデオの時代ではなく、DVDの時代であるといわれればそれまでである。
まして、それも、ネットを通しのレンタルと鑑賞が可能だとくれば、わざわざこちらから店に足を運ぶ必要もないし、そうなれば、店自体も規模を縮小するなどの合法的リストラに励むのは当然だと言える。
しかし、私のようなアナログ人間は、やはり直接店に出向いて、あれやこれやと実物を物色してみたい衝動に駆られる。
ともかく、私は生まれて初めてレンタルビデオ店に足を踏み入れたあの日のことを忘れることはできない。
 その日、私は新しく近所に開店したレンタルビデオ店にまっしぐらに向かった。
その日の目的は、何と言っても掘り出し物アダルトビデオを物色することにあった。
とは言え、何しろ生まれて初めての体験である。
期待と緊張を胸に入店するや否や、大声で「いらっしゃい!」と叫ばれた時には、私は驚きの余り、本当に吹っ飛びそうになってしまった。
これではまるで活きのよい寿司屋である。
しかしよく見ると、叫んだ店員も何やら緊張気味である。
軽い会釈でその店員の前を通り過ぎようとした瞬間、またもやその店員は、先程に負けない位の大声で「成人コーナーは奥でございます!ドーゾごゆっくりっ!」と叫んだのである。
余りの緊張か、声が裏返ってしまっている。
店員雄叫びに圧倒されてしまった私は、まるでそこに逃げ込むかのように、奥のコーナーへと突進してしまった。
とにかくこの店を早く出なければいけない。
この店は余りに活きがよすぎて、イメージに合わなさ過ぎる。
さりとて、ここで何もレンタルしないまま店を出て行こうものなら、あの店員のことである、「お客様!せめて1本!」と叫びながら追いかけて来ないとも限らない。
これでは私は近所の噂の標的になってしまう。
思い悩んだ挙句、私はタイトルも内容も何もわからぬまま、とりあえずアダルトビデオを2、3本鷲掴みにして、その店員のいるレジへと急いで向かった。
「ここから早く出してくれ!」という私の願望とは裏腹に、緊張で笑顔が引き攣るその店員は、何とビデオタイトルを1本ずつ大声で読み上げ始めたのである。
「『痴漢各駅停車』1本!『団地妻禁断の寝室』1本!『どうぞきつく縛ってPartⅡ』1本!以上レンタル開始!」 もちろん返却は友人にお願いした。
返却の際、あの店員はやはり大声でタイトルを読み上げ、ご丁寧にも店の玄関までお見送りしたそうである。
その店はもうない。

甲山羊二
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