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甲山羊二オフィシャルブログ
Writing by 甲山羊二
 オフィシャルページモバイルにある奥の部屋で、コラムでもなく、エッセイでもなく、もちろん小説でもない、ただのつぶやきをほんの少しだけ形にしようとする。
 僕がつぶやくことで僕自身が導かれ癒され納得する。
 それもいい。
 さすが典型的B型人間甲山羊二だ。
 だからいい。やはりいい。


■オフィシャルページモバイル


日本的馬鹿者行動学
J.D.マトリ氏…
彼こそまさに知る人ぞ知る市井の日本人論研究者だ
加えて日本の教育の現状について
も詳しい
今般彼の著作を日本語訳にして出版することにした
それが『日本的馬鹿者行動学』だ

僕にとって初めての翻訳になる…

馬鹿者は今や珍しくも何ともない
巷にはそれらが溢れ返っている…
そうした馬鹿者を類型化して其々を詳細に論じる
マトリ氏はまた日本の教育にも鋭くメスを入れる
はっきり言っておよそ一年に渡っ
ての翻訳の最中でも決して飽きることはなかった
それ程までマトリ氏の視点は鋭い

英語から日本語へ
しかも小説ではなく随筆でもなくれっきとした評論文
マトリ氏の日本語は極めて堪能だ …
だがやはり母語の方が客観的な記述についてはやりやすいと話す

とにもかくにも是非とも手に取って欲しい一冊だ…
現在の日本
これからの日本
それらがこの中に充満している…

『日本的馬鹿者行動学』
J.D.マトリ著
甲山羊二訳
僕の個人レーベル「まきば出版」から間もなく発行される
2018-02-18 23:59:09[427]


闇への欲望
『下山事件 最後の証言』(祥伝社
文庫)柴田哲孝著

闇に葬られた事件…
戦後史の最大の謎とされる国鉄総裁下山定則轢死事件
本書はそれを取り扱ったノンフィクションかつ作者との因縁が作者自身の手によって暴かれるという極めて特異な作品だ

僕は当該事件について詳細な知識がある訳ではない
またそこに並々ならぬ興味があった訳でも決してない
松本清張氏のように推理と推論を重ねてまとめるという意図もない

けれどもそこには人を惹きつけて止まない何かがある
不謹慎だが人の不自然極まりない死とはそういうものを必ずと言っていい程含んでいる

人間模様
男と女
権力と金…
闇は深ければ深いほど周囲を虜にする

どんな人間にも必ず闇はある
人間が人間を魅了する
それもこれも闇あってのこと
闇への興味は尽きることはないのだ
2018-02-05 00:29:11[426]


長島愛生園
昨年9月のこと
岡山県にあるハンセン病国立療養所長島愛生園を初めて訪問した
正直このことについて記事にするのは随分躊躇いがあった
それはなぜか
それはハンセン病の歴史とそこにあった様々な闘いを今なお僕自身が十分に理解していないからだ

愛生園を訪れたのは決して物見遊山などの理由からではない…
そこに至るまでには実にかなりの数の資料に触れた
初代園長の光田健輔氏の随筆もそのひとつだ
愛生園でひとりの男性職員に彼の評価を尋ねてみた
「医師としては優秀だったと思う。ただ科学者としては決してそうではなかった」
職員はそう応えてくれた

限られた時間での愛生園訪問
そこには目の当たりにはできない深い歴史が今も流れ続けている
歴史は嘘をつかない
たとえ隠蔽を試みたとしても神は全てを知っている
では人間ができることとは何か
それは神の領域に立ち入ることではない
歴史に対して執拗に考察を与えること
そうして未来への適応を志向すること
その結果を丸ごとしかも確実に次世代へと引き継ぐこと
それしかない
2018-01-23 09:40:41[425]


『むらまつり』
新作掌編小説『むらまつり』が「全作家機関誌108号−掌編小説特集−」に掲載された
ある村に残る古くからの因習をテーマにしたものだ…
実はこの作品で僕はひとつのチャレンジを試みることにした
それは自らの創作による手毬唄をそのまま引用するというものだ…
もちろんその内容も因習に基づくものである

手毬唄と呼ばれるものは大体の地域に今なお存在する
横溝正史の小説に『悪魔の手毬唄
』という名作がある
そこではある手毬唄が事件解決のきっかけになる唄として実に巧妙に引用されている
僕の場合はそれを完全に倣った訳ではない
ただし村の因習を語るひとつの方法として取り入れるきっかけになったことだけは間違いない

因習はどこにでもある…
それは地域における世間と直結している…
因習は人間を取り込むものであると同時に排除するものでもある
世間もまた同じだ

僕たちは社会と繋がりながら世間とも繋がっている
たとえそれが薄情で偏狭で歪んだ社会であってもまた薄気味悪い世
間であったとしても…

薄情で偏狭でしかも歪んでいて更に薄気味悪いのは何も社会や世間だけではない…
社会と世間を根底から下支えしている人間がその最先端にいる
つまりは因習など人間によって生み出され継承されていくのだ

因習は都会にもある
因習はすぐ隣にある
因習は人間そのもの
因習とは所詮はそういうものなのだ
2018-01-09 00:07:12[424]


松阪と本居宣長
松阪に本居宣長を訪ねた
契沖、賀茂馬渕、そして本居宣長…
その精神は後に平田篤胤へと受け継がれていった
かつて小林秀雄の名著「本居宣長
」を読んでその難解さに随分頭を悩ませた覚えがある…
それは本居宣長の難解さではない
小林秀雄の洞察の鋭さにひたすら僕自身がついていけなかった…
だから僕は僕なりに僕のやり方で本居宣長に近付き、再びあの小林秀雄の名著「本居宣長」に触れる必要があったのだ

本居宣長
精緻な筆
強靭な精神力
確かな目
そこにはいい加減さは微塵もない
記念館の展示は本居宣長の人となりを全て表している
加えて忍耐
忍耐こそがあらゆる仕事に共通する普遍の事項
小林秀雄の名著に慄いている訳にはやはりいかない

松阪は実に静かな町だった
その静けさのなかで本居宣長は学問に打ち込んだ
何ものにも汚されない学問という領域
金欲しさに手段を選ばない
そんな現代の御用学者など本居宣長の足元にも及ばない
だからこそ息子の春庭をはじめ優れた弟子にも恵まれたのだろう

驕らず
驕らせず
環境が人を育てる
当たり前のことが松阪には今もなお備わっている
そう思った
2017-12-18 07:14:08[423]


軍艦島
今般、軍艦島に初めて上陸をした
上陸というとかなり大袈裟に聞こえるかもしれない
もちろんそれでも構わない
なぜなら僕にとって物理的時間や距離などを含め、そこは頻繁にそして簡単に辿り着ける場所などではないからだ

軍艦島は正式には端島と呼ばれる
そこには資源とともに人々の日々の生活があった…
そして離島へ
時間は残酷だ
一方でまた一縷の光りを備える
軍艦島が脚光を浴びるようになった理由は様々だ
もちろん物見遊山を否定するものではない
けれどもノスタルジックな魅力だけでも決してない
二度と取り戻せないかつての自分を朽ち果てようとする島の風景に重ねてみる…
その意味では島はまさに自分の人生…
そうした情動の世界に必然として引き込まれていくからだろう

人もいつか必ず朽ち果てる
端島もまたその例外ではない
ただし記憶は紡がれる
記憶の連携
その力は凄い

軍艦島上陸…
その詳細はまた別の機会に譲りたい
ただ今はもう少し情動の只中に僕はいたい
そこに浸かっていたい
そんな気持ちでいる
2017-12-04 09:44:27[422]


憂国忌

11月25日
その日は憂国忌にあたる
憂国忌とは…
三島由紀夫並びに森田必勝が自刃した日だ
両者はまさに昭和の武士他ならぬ

2年前のこと
三島由紀夫研究会会員として乃木神社での慰霊祭に初めて参加した
勿論全てが神道形式
祭壇の三島由紀夫並びに森田必勝の遺影に僕は思わず身震いがした
まるで目の前に両者がいるかのように
そして何かを訴えているかの如く

三島は文学者でありれっきとした思想家でもあった
そして行動家でもあった
口先だけの柔な人間にはその行動の神髄など想像にも及ばないだろう

文学者は思想家でなければならない
その思想をあからさまにするのか否かは個人の思惑による
行動も然り
僕は今のところ行動家ではない
これから先も多分変わらない
但し思想家であることには違いない
それを汲み取るのは読者の仕事
思想も信条もない
そんな人間に文学はできない
一方で書き手のそれを類推もできない
それはもはや読者などではない

憂国忌は僕にとって特別な日だ
「お前たち、何やってんだ!」
そんな三島と森田の叫びが聞こえる
それを身体全体で受け止める
いや、そうしようと努める
歯がゆいが今の僕には全くもってそれしかできないのだ
2017-11-20 08:22:32[421]